真にプログレッシヴな狂おしく美しいスーパースター☆

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            ♥カッコ良過ぎ!50代のボウイ★

ボウイはあまりにも有名なスーパースターで多くのファンのお方がファン・サイトを作っておられる。私も、私なりに”美”の化身のような風変わりなロックスター、常に自己と向き合い革新的な活動を続ける姿...に驚愕と生きることへの力を与えてくださる音楽のエネルギーの生き証人のおひとりとして敬愛している。正に”真のプログレッシヴ”なアーティストであり、”カリスマ”という呼称に相応しいデヴィッド・ボウイ(デビッド・ボウイ)。

ディスコグラフィーは『ボウイ館』では要らない程、情報は溢れている。でも、「作った方がいいよ。」と言われたので作ってみようと思う。でも、ブートレグや編集盤(公式ベスト盤は加える予定)は省略(コレクターではないので)。度忘れしていたりするので、抜けていたら追記しよう!

New Waveの父であり、それ以外にも多大な影響を与え続けている(恐るべきことに継続中!)広範囲さを再確認できる。Alternative(オルタナティヴ)やGothic(ゴシック)というキーワードも、ロックを語る時に欠かせない。90年代以降だと、例えば、ナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソン(マンソンはトレント・レズナーのヴィデオ・クリップに参加していた)をヒーローとして讃えているファンの方々が、ボウイ・ファンでもあることも多い(私の周りだけではないだろう)。90年代のボウイのアルバムは『HOURS』でようやく再評価という批評が多かったように思う。それ以前の大傑作!『アースリング』は海外の評価以上に日本では酷評だったというか大きな話題にもされなかったように思う。ようやく『ヒーザン』『リアリティ』と続く中、徐々にボウイ熱が高まっていった。そんな過程には、英国のNMEが選んだ『最も偉大な英国人』に選ばれたこと(シェイクスピア達と共に名を連ねる!)、映画『ベルベット・ゴールドマイン』、グラミー賞すっぽかしてジョン・キャメロン・ミッチェルの『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の舞台を絶賛と支援、グラミー功労賞も受賞など(英国の爵位受賞は辞退しているのもボウイらしい!)の中、これまで批判していた評論家の方でさえ、フェイヴァリット・アーティストに名を加える今日に至る。

私はボウイが大好き!そして、クラシック・ロックとしてのボウイに安住しない。ボウイ自身がそうであるように。なので、幾多もの形容ジャンル(キーワード)の其々に納得できるし、ボウイよりも若いアーティスト達が連鎖する。それらを書き綴ってみたとすると、膨大な関係図というようなものが作られる様が脳内に貼り巡られる。そのひとつひとつが繋がっていることは脅威であり、どれだけの危険な歩みであり、それらが今日もなお継続中のデヴィッド・ボウイの歴史であると想うと尋常ではない!色々なジャンルのようだけれど、全てどの作品もボウイ・ワールド☆流行に便乗してスタイルをコロコロ変えて来たのではない。でも、ボウイのアンテナはいつも若々しく新しいものに敏感。ずっと想って来たこと、お若い頃からハンサム(美形)だけれど、その美には翳りがある。今60歳のボウイは老いてゆく。大病もしたし、皺も増えた。それでも美しい!殉教者のようにさえ思える程、過酷な道のり。『ヒーザン』以降かな、ボウイの第4期のピーク(黄金時期)だと想う。第3期とよく言われるけれど、私は第4期が2000年前後のボウイだと想う。酷評が続いた折、旧友のミック・ジャガーのインタビューで”デヴィッドは叩かれすぎだと思う”とボウイの作品・試みをミックは評価していた。彼らはずっと闘って来たから。友だからというだけの言葉ではないだろう。『レッツ・ダンス』以降、やっとファン(時代)がボウイに追いついたと言われた。でも、そうではない私。嘗ての宇宙人のようなボウイでは今はないけれど、どうしてもポップさの裏側に悲壮感が付き纏っている。故に”リアル”に想えることがあるので不思議なお方だ!取り留めの無いことばかり綴ってしまったけれど、ボウイの美しさの陰影にも作品との符号を見ることができるので、上の50代のボウイのお写真を拝見し、想いが巡り書き連ねてみたという感じ★ボウイが大好きだけれど、ボウイ・オンリーではない。色々好きな音楽たちがある。その上でかつボウイが一等好きだという揺るぎないものは何だろうとも想う。
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by bowieworld | 2007-11-02 15:32 | ボウイに付随する私的な想い
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