カテゴリ:ボウイに付随する私的な想い( 9 )

チベット仏教の高僧ラマ・チメ・リンポチェによるボウイへの追悼メッセージと祈り★そして、ボウイがラマ・チメ・リンポチェに捧げた曲「Silly Boy Blue」♪

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★ラマ・チメ・リンポチェ(チベット仏教の高僧)は、若きボウイと60年代から親交のあった、またボウイが一時仏教徒であった時期の先生にあたるお方です。お顔を知らずにいたのですが、ボウイの訃報を受け追悼メッセージと祈りを捧げてくださり、ようやくこのお方がボウイの語っていた「チメ・ヨン・ドン・リンポチェ」だと知り得ました。とても嬉しいです。各国へ亡命し活動を続けるチベット僧やチベットの人々。ボウイと親交のあったラマ・チメ・リンポチェという高僧は英国籍のようです。生徒にはボウイだけではなく、トニー・ヴィスコンティとメリー・ホプキンの名もあります。

ボウイ・ファンの方々やメディアの方々の、政治的な事柄はなんとなくややこしいので回避しておこう...というお気持ちは理解できます。私も嘗てはそうでした。でも、ボウイのこのメッセージに強く賛同する者ですので、このチベットに関するテーマを避けるのは自分で卑怯だと思います。なので今の想いを綴っておきます。ボウイが「セブン・イヤーズ・イン・チベット(Seven Years in Tibet)」を発表することさえ、世界的スターであるボウイゆえに、その影響力を思えば批判や圧力も覚悟の上でのことだったと思います。そんな強い意志を持つボウイが好きです。ボウイに限らず、賞賛と批判を受けながらも自己の世界を貫くお方が好きなようです。
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この「セブン・イヤーズ・イン・チベット(Seven Years in Tibet)」が発表されたのは1997年です。英国領であった香港が中国に返還された年でもあります。ボウイの僕は近年チベットで起こっている政治的状況に、音楽を通じて何らかの関わりを持ちたいと思った。"この曲は家族を殺され、自国内で無力化させられている若いチベット人たちの絶望感や苦悩を表現している"という発言は重要で、チベットの人々が殺されている現実、それは誰がしているのでしょうか?中国です。中国共産党です。また、中国のみならず西欧諸国の核廃棄物まで中国政府はチベットやモンゴルに放射能廃棄物を保管しています。この事は1991年にダライ・ラマ法王が声明され、後についに中国政府も認めました。勝手なものです。またダライ・ラマ法王は「中国は文化的虐殺(ジェノサイド)を行っている」と中国政府を批判しました。(参照:チベット)度々、中国は日本に対して軍国主義云々と抗日発言や軍拡を続けていますが、賢明な中国の人々は内心呆れておられるのかも?と思います。しかしながら、中国国内ではGOOGLE検索が出来ないともお聞きします。選挙もない一党独裁の上、言論統制と弾圧、環境汚染、折角の素晴らしい文化まで破壊して残念です。私は中国のお茶の文化など、とても好きなもので。中国の人々もお気の毒に思います。誰も生まれる国を選べないのですから。

まあ、色々とんでもない大国への憂慮は増すばかりですが、ダライ・ラマ法王のロンドンでのインタビュー(2015年9月21日)から引用させて頂きたいと思います。

習国家主席と話をする機会があれば、何をお話になりたいかお尋ねすると、法王は次のように述べられた。

「おそらくこう言うでしょう。チベットは、7世紀から9世紀の記録が明らかにしているように歴史的に独立国であったが、現在は独立を求めてはいない。われわれチベット人は、中華人民共和国の枠組みの一部になることで発展を手にすることができるが、チベット独自の言語、文化、宗教も同時に守り続けることができなければならない、と。そして、習国家主席が昨年パリとデリーで『仏教は中国文化において重要な役割を担っている』と発言したことを思い出してほしいと言うでしょう。仏教が育んできた価値観は、習国家主席が目指しておられる不正や汚職の封じ込めに役立つ可能性があるのですから」

イギリス、ロンドン 2015年9月21日 

チベット仏教の高僧ラマ・チメ・リンポチェによる
ボウイへの追悼メッセージと祈り
(2016年1月11日)



そして、こちらは
ボウイがラマ・チメ・リンポチェに捧げた
1967年の曲「Silly boy blue」
(2001年2月26日)です☆



以下、2012年に他のブログに綴ったものですが、「ボウイ館」へも記しておきたいと思います。

1997年にボウイがリリースしたアルバム『アースリング』に収録されて、シングル盤にもなった「セブン・イヤーズ・イン・チベット(Seven Years in Tibet)」という曲が、ここ数年私の中でボウイの重要な曲の一つとして蘇ってきたのです。この同年にはジャン=ジャック・アノー監督による映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』も公開された。原作はドイツ人で元ナチス親衛隊(ナチ党員でもあった)ハインリッヒ・ハラーの自伝『チベットでの七年間』。刊行は1952年。ハインリッヒ・ハラーがチベットで過ごした7年間、ハラーと若きダライ・ラマとの交流を脚色を加えて描かれたもの。当然の事ながら、中国共産党は公開してほしくない作品なので、中国では上映禁止となった。主演はブラット・ピットやデヴィッド・シューリスという米英の有名な俳優たち。またダライ・ラマの母親役を演じたのは、ダライ・ラマの実妹ジェツン・ペマである。

「セヴン・イヤーズ・イン・チベット」の曲について、ボウイ自身は以下のように語っています。

チベットの状況について何か発言したかったんだ。僕は19才の頃ににわか仏教徒になった。半年ほど勉強したかな。実に素晴らしいチベット人たちと知り合った。ロンドンのチベット協会でのことだ。その中の一人とは数年間付き合いを保っていた。彼の名前はチメ・ヨン・ドン・リンポチェといい、ロンドンの大英博物館の翻訳者なんだ。当時僕が非常に影響を受けていた本にハインリッヒ・ハラーというドイツ人の『チベットでの七年間』というのがあった。彼はごく初期の内に実際にチベットに行った西洋人の一人だった。この本の卓越した実在感と実に崇高な哲学は感動的だ。何年たっても忘れることのできない本だった。そこで僕は近年チベットで起こっている政治的状況に、音楽を通じて何らかの関わりを持ちたいと思った。この曲は家族を殺され、自国内で無力化させられている若いチベット人たちの絶望感や苦悩を表現している。敢えて具体性を追求しすぎないようにした。表現主義的なレベルの歌詞の方がより効果的だからだ。曲全体から漂う雰囲気を感じ取ってほしい。

デヴィッド・ボウイ
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チベットハウスでのトニー・ヴィスコンティとデヴィッド・ボウイ
US ベネフィット・コンサート にて(2001年)


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by bowieworld | 2016-01-16 12:38 | ボウイに付随する私的な想い

ボウイのいない朝を迎えても・・・★

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★ボウイの死から3日目の朝を迎えた。こんな数え方嫌だな...でも数えてしまうのです。そして、やはりボウイって人間の姿は仮の姿であって、どこか遠い星へ帰って行ったのかも?と。ボウイが好きになり無我夢中だった。何に?って、ボウイに!なのであの小娘の蒼い刻が昨日のことのように蘇るのです。級友たちは恋に芽生え青春謳歌している中、私はボウイに恋していたのだと思います。「デヴィッド・ボウイ」というこの世の者とは思えない「美」の存在に。当時から、こんな私を友人たちは「変わってる」とか「現実を見ないと」...云々。あれから30数年経た今の私も然程進歩しているようでもないけれど、好きなもの、尊いと思うものが刻まれ深くなっている気はします。その心の核にボウイはしっかり在る。消えることなど無い。ゆえに、ボウイのいない朝を迎えても・・・これからも私の人生と共に在ることには何ら変わりはないのだと。幸せ者です。

ボウイの死因は肝臓癌だったとの報道。私の父もそうでしたので壮絶な痛みとの苦闘の最期を想います。生き貫く姿をふたたび見たようで、父とボウイの死がオーバーラップしてしまいます。ボウイも延命治療など望まなかったのでは、などと想像したり。人が自分の死を覚悟する。その感覚はかっこいいけれど愛する人の死への想いは人それぞれ違うのでしょう、家族内でさえ。ボウイはご自身の死を覚悟した上で作品を私たちへの贈り物として遺してくださった。その強い意志が、心が託された作品が『★ ブラックスター』であり、ミュージカル『ラザルス Lazarus』である。下の写真は『ラザルス』の初日(12月7日)のもので、ボウイの公の場では最後のもののようです。

ボウイが死を以って遺してくださったものは、これからますます不穏で混沌とした世界を生きる私たち、子供たちへのメッセージでもあるようです。まだ一緒に生きて欲しかったけれど...☆

以下、2つの興味深い記事を引用させて頂きます。
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デヴィッド・ボウイの共同制作者「1年以上前に肝癌だと告げられた」

12月にNYで上演がスタートしたミュージカル『Lazarus』をデヴィッド・ボウイと共同制作したイヴォ・ヴァン・ホーヴェ舞台監督が、ボウイの最期の日々について語った。監督は、「1年と3ヵ月以上前に、彼(ボウイ)から肝癌を患っていると告げられた。彼自身が知ってすぐだ」と、オランダのラジオ局NOS.nlに話した。ボウイは、制作現場に常に立ち会うことはできなくなるかもしれないと考え、監督に告げることにしたようだ。彼は「僕らは来年、集中的に作業しなくてはならない。もし僕がそこにいられないとしたら、これが理由だってことを知っておいてもらいたい」と話したという。ボウイは『Lazarus』の初日(12月7日)、キャストや監督とステージに立ち、観客からの拍手に応えた。これが公の場での最後の姿となった。壇上のボウイは元気なように見えたが、実際はとても具合が悪かったそうだ。ヴァン・ホーヴェ監督はこう話している。「彼は元気そうだと報道されたが、舞台裏では極度の疲労のため倒れていた。そのとき、僕は悟ったんだ。彼に会うのはこれが最後かもしれないって」それ以前のリハーサルでも、身体的にはとても弱っていたそうだ。しかし、「精神的にはそうじゃなかった」と、ボウイは作業を中止するのを拒み、病と「獅子奮迅の勢いで闘っていた」という。監督はまた、『The Times』紙のインタビューで、ボウイは最後まで創作活動を続けようとしていたと明かしている。「(舞台挨拶の日)彼はとても弱っていて、ステージから降りたとき椅子が必要だった。でも、彼はこう言ったんだ。“さあ、次のを創ろう”って」ボウイが死を覚悟の上、制作した作品はもう1つある。遺作となったニュー・アルバム『★(Blackstar)』が、亡くなる2日前、彼の69歳の誕生日だった1月8日にリリースされた。

引用:BARKS 2016-01-13 17:54:34



『ラザルス』 レポート

物語は小説から40年後の世界が舞台。マイケル・C・ホールが演じる地球に留まったままのニュートンは、死にきれない魂を抱えている。だから物語は、彼に安らかな結末を迎えさせてあげたい、宇宙に返してあげたい、という内容のもの。物語のキーは、彼を宇宙に返してあげたいと思う“天使"に出会うこと。ソフィア・アナ・カルーソがその“天使"をイノセントにフラジャイルに、美しく演じている。

ミュージカルは、アルバムからの新曲でもある「ラザルス」で幕開けするのだが、この歌詞がさっそくスゴい。「ここを見て/僕は今天国いる」「僕は傷を抱えている。誰の目にも見えない/僕はドラマを抱えている。誰も奪うことのできない/すべての人がもう僕が誰なのか知っている」「僕にはもう失うものなどない」と。すでに発表されているシングル「★」も彷彿とさせるジャズに影響されたと思われるが、しかし不惑な世界を象徴するようなナンバー。素晴らしいのは、主演のニュートンが歌い出した瞬間、ボウイが歌っているようにしか聴こえなかったこと。彼は、ボウイを自分の中で取り込み、しかし安っぽいマネに陥ることなく、ボウイの歌を絶妙なバランスで彼なりに体現していた。そしてこの歌がさっそく舞台全体のトーンである、ディストピアとも言える、破綻した世界観を映し出していた。ステージはスタイリッシュだが、非常にシンプル。ベッドと外の世界を映し出す巨大なTVスクリーン、そして、レコードプレーヤーと、ボウイのアナログ盤が置かれていた。そのミニマルなスタイルが、正に世界の孤独を表していたようでもあり、また舞台の隅々にボウイの分身がいるようだった。さらに、舞台の背景には、ガラス越しに、サックス奏者も含めたバンドがいて、彼らの姿も見えるようになっていた。

主人公のニュートン以外の出演者も最小限だが、この舞台のユニークだったところは、彼らの断片的な情報の台詞に観客が混乱しそうになったと思えた瞬間に、ボウイのヒット曲「チェンジス」などが歌われるという感動的な構成になっていたこと。つまり、目の前に暗黒が見えた瞬間に、ボウイの曲が観客への光となって照らす役割を果たすのだ。しかも、たった200人の小さな劇場で、俳優達が、生で、大音量でボウイのヒット曲を歌うのである。そのエンターテインメント性と言ったら破格で、でもだからこそ、シュールな物語とのギャップに、迷宮に入り込んだ錯覚に陥るという素晴らしい構成になっているのだ。ボウイの曲は、サックスなどが入ったジャズっぽいアレンジで演奏されることもあった。しかし、それぞれの曲が、その時のシーンを見事に反映していた、というのも、興味深いところだった。そういう意味では、この舞台は、ボウイが一貫して描いて来た物語の延長線上にあるとも言える。TVスクリーンに映し出される奇妙な映像は、ニュートンの混乱した心理の混乱を映しだすこともあったし、またはメディアの混乱を映し出すこともあった。登場人物達の人格は、物語に複雑な視点を与え、物語を進行させる機動力となっていた。ダークなディストピア的な舞台は、ボウイらしい世界観であり、しかし、そこで展開される物語は、主人公の孤独、そしてだからこそ人と繋がりたいという思い、そして愛。しかし、その愛が不条理な暴力によって破壊されることについてである。ただ、主人公は、最後に、美しく悲しい結末を迎える。「ヒーローズ」に終わるこの物語で、ボウイは地球に対して何を言いたいのだろうと思わせるエンディングでもある。

ボウイは、これまで自身が様々なペルソナになって、時代の物語を反映してきた。ここで映し出された世界観というのは、恐らく彼に今見えているカオス化した世の中を映し出す物語であり、それがあまりに混乱しているため、ミュージカルというある種大げさな物語にまでして語る必要があると思ったのだろう。そして、この物語の出発点となった「ラザルス」が新作『★』にも収録されているように、このミュージカルと新作には、兄弟のような親密な関係性があるのではないかと思うのだ。ジャズ的なサウンドで世界の混沌を表し、しかし、その力強い曲が観客に光となるような、ボウイの新たなペルソナの地球への帰還を益々期待させてくれるようなミュージカルだった。

Text by Akemi Nakamura

【『ラザルス』で使用された楽曲(※舞台使用順)】
01.Lazarus(新曲)
02.It's No Game
03.This Is Not America
04.The Man Who Sold the World
05.No Plan(新曲)
06.Love is Lost
07.Changes
08.Where Are We Now?
09.Absolute Beginners
10.Dirty Boys
11.Killing A Little Time(新曲)
12.Life On Mars
13.All the Young Dudes
14.Always Crashing in the Same Car
15.Valentine's Day
16.When I Met You(新曲)

引用:デヴィッド・ボウイの最新シングルと
同名舞台作品『ラザルス』のレポートが到着
OK Music 2015.12.20 18:00


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by bowieworld | 2016-01-14 10:10 | ボウイに付随する私的な想い

世界最強の狂おしく美しきロックスター★デヴィッド・ボウイ死す!

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★美の殉教者のような美しき我がヒーロー!デヴィッド・ボウイが亡くなった。古き良き理解者の友人からの知らせで知りました。今もなにかポカンとした気分で、久しぶりに『ボウイ館』を更新しています。2016年1月8日に69歳のお誕生日を迎え、新作アルバムがリリースされたばかりの訃報。世界中の多くのボウイ・ファン、ボウイ・チルドレンのために闘病の中、遺作『ブラックスター BLACKSTAR』は贈り物。意味ありげなジャケットにボウイのメッセージが込められているのでしょう。「人気ロックスター」などという陳腐な形容は似合わない異色のスター。不思議なスター。美しき表現者、デヴィッド・ボウイ!

中学生の頃からの一等大好きなアーティスト。ボウイのお陰で今の私が在る、と断言できる。そして共に生きている愛しき小さなお店ヴェルヴェット・ムーン VELVET MOONも然り。ボウイが死んでしまったなんて...でも、これからも私の人生、ボウイと共に生きていくことに何ら変わりはないのだと思います。ただ、もう新作が聴けないこと、嘸かしダンディであろう美老人のボウイのお姿を拝見することはない。最期まで美を貫いた、世界最強の狂おしく美しき男、デヴィッド・ボウイの死を哀悼!そしてボウイから多くの事を学び、思考して生きて来ました。ありがとうございます!

(我がカリスマ、2016年1月10日永眠の訃報に記す)


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by bowieworld | 2016-01-11 19:03 | ボウイに付随する私的な想い

☆私の人生、デヴィッド・ボウイと共にあり、で生きて来たような☆

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★とっても久しぶりに「ボウイ館」を更新いたします。そうは云っても、お知らせのようなものですが。何となく、否、時に一生懸命生きて来たつもりです。最近の私はというと、昨年の東日本大震災で教えられたこと、考えなくてはならないこと...の日々です。ふと気がつけば私もそろそろ人生の半分辺りだろうか、と想う時の流れを痛感しています。音楽に関係したお仕事をずっとしています。学生時代のアルバイトから今まで。どうしてだろう、とも想うのですが事実であり、もう後戻りもできはしない。いつ死が訪れるかもしれない。けれど、音楽はずっと私の傍にいてくれた。殊に悲しい時、何かの選択を迫られた時に、いつも静かに傍らに。そんな音楽と私の人生をあまりにも綴っていない。大好きなボウイについてマニアでもない私は何も書けはしない。ただ、ずっと好きなだけ。

でも、この「ずっと好き」という気持ちがある故に、儲かりもしないお仕事を続けているのだし、生きている。そろそろ、欠かせない音楽と私の人生を振り返ることも出来そうな気がしています。洋楽に目覚め、ボウイに熱中し人生が大きく変わった。その事を光栄に想えるし、後悔もしてはいない。私の子供の頃はレコードしか無かったので、CDよりもレコード盤との想い出がいっぱい!そんなノスタルジーをちょっとタイムスリップして書き留めるのも愉しいかも、と想い、昨日より新しい、まったく個人的な音楽史のようなブログを始めました。きっと、ボウイのことも今後幾度も綴るのだと想います。

※twitterとfacebookのソーシャルツール・ボタンを今日から記事に付けました。お気軽に共有してください☆
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by bowieworld | 2012-06-28 14:42 | ボウイに付随する私的な想い

☆63歳のお誕生日おめでとうございます☆

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★2010年最初の「ボウイ館」での記事はボウイの63歳のお誕生日から♪

どの時代のボウイも好きだということを前提に、私は70年代に何かしらの憧憬を抱き続けている。なので、どうしてもこの頃のボウイのお写真を眺めると心が晴れる。グラム時代を体験していないし、ベルリン3部作も少し間に合わなかった。そうした同時代性というものに対する複雑な想いもあるのだろう。羨望であったり憧れであったり、想い出であったり...。このボウイのメイクやファッション、ポーズや表情が大好き!デカダンである。

デカダンを語るには短文では難しいだろうし、私自身まだまだ追及過程であるので上手く綴れない。けれど、ボウイを好きだと確信した蒼いあの刻はすべてのキーワードが集中していたようにも想う。そんな年頃だったのだろうと、不思議な巡り合わせを回顧する。14歳の私の周りにボウイのお話を出来るお友達は皆無だった。16歳頃になってようやく洋楽ファンの学友たちと出会うまで。その間、必死でボウイに関する記事が少しでも載っていたら購入していた音楽雑誌たち。それらをドキドキしながら読んだり見たり。もう随分と年月が経ったけれど、あの少女時代は色褪せることもなくまだ鮮やかに蘇る。私はボウイの存在のお陰で今がある。私の人生の選択肢はいくつかあったのだけれど、その時はそんなことすら考えることはなかった。”デヴィッド・ボウイ”という宇宙に完全に魅せられていて、少しずつ私の心の美の世界に浸透してゆき今日に至る。

大好きなので上手く何も綴れない。一人のアーティストが私の進路を左右するなんて!それがボウイであったことは光栄であり大いなる歓びだと感謝の気持ちでいっぱい!デヴィッド・ボウイ様、ありがとうございます♪
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by bowieworld | 2010-01-08 04:13 | ボウイに付随する私的な想い

61歳のお誕生日おめでとうございます☆

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ボウイ様のお誕生日☆おめでとうございます♪


ボウイは嘗てから、年老いてゆくことに恐れはなく楽しんでいる、というような発言をされてきた。21世紀になり、なおも”ネヴァー・ゲット・オールド!”(『リアリティ』)と謳うボウイの姿が好き。また、これまでの40年のキャリアを振り返って眺めて見る。美麗なボウイが確かに年老いてゆく。でも美しい!さらに美しい!!とさえ想う。私も年を重ねてゆく中で、この美しさの中にある種の”強靭さ”を感じ、またこの混沌とした世界を生きながらも前を向いて歩いてゆこう(時折、逃避もするけれど)と想える。
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by bowieworld | 2008-01-08 23:32 | ボウイに付随する私的な想い

真にプログレッシヴな狂おしく美しいスーパースター☆

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            ♥カッコ良過ぎ!50代のボウイ★

ボウイはあまりにも有名なスーパースターで多くのファンのお方がファン・サイトを作っておられる。私も、私なりに”美”の化身のような風変わりなロックスター、常に自己と向き合い革新的な活動を続ける姿...に驚愕と生きることへの力を与えてくださる音楽のエネルギーの生き証人のおひとりとして敬愛している。正に”真のプログレッシヴ”なアーティストであり、”カリスマ”という呼称に相応しいデヴィッド・ボウイ(デビッド・ボウイ)。

ディスコグラフィーは『ボウイ館』では要らない程、情報は溢れている。でも、「作った方がいいよ。」と言われたので作ってみようと思う。でも、ブートレグや編集盤(公式ベスト盤は加える予定)は省略(コレクターではないので)。度忘れしていたりするので、抜けていたら追記しよう!

New Waveの父であり、それ以外にも多大な影響を与え続けている(恐るべきことに継続中!)広範囲さを再確認できる。Alternative(オルタナティヴ)やGothic(ゴシック)というキーワードも、ロックを語る時に欠かせない。90年代以降だと、例えば、ナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソン(マンソンはトレント・レズナーのヴィデオ・クリップに参加していた)をヒーローとして讃えているファンの方々が、ボウイ・ファンでもあることも多い(私の周りだけではないだろう)。90年代のボウイのアルバムは『HOURS』でようやく再評価という批評が多かったように思う。それ以前の大傑作!『アースリング』は海外の評価以上に日本では酷評だったというか大きな話題にもされなかったように思う。ようやく『ヒーザン』『リアリティ』と続く中、徐々にボウイ熱が高まっていった。そんな過程には、英国のNMEが選んだ『最も偉大な英国人』に選ばれたこと(シェイクスピア達と共に名を連ねる!)、映画『ベルベット・ゴールドマイン』、グラミー賞すっぽかしてジョン・キャメロン・ミッチェルの『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の舞台を絶賛と支援、グラミー功労賞も受賞など(英国の爵位受賞は辞退しているのもボウイらしい!)の中、これまで批判していた評論家の方でさえ、フェイヴァリット・アーティストに名を加える今日に至る。

私はボウイが大好き!そして、クラシック・ロックとしてのボウイに安住しない。ボウイ自身がそうであるように。なので、幾多もの形容ジャンル(キーワード)の其々に納得できるし、ボウイよりも若いアーティスト達が連鎖する。それらを書き綴ってみたとすると、膨大な関係図というようなものが作られる様が脳内に貼り巡られる。そのひとつひとつが繋がっていることは脅威であり、どれだけの危険な歩みであり、それらが今日もなお継続中のデヴィッド・ボウイの歴史であると想うと尋常ではない!色々なジャンルのようだけれど、全てどの作品もボウイ・ワールド☆流行に便乗してスタイルをコロコロ変えて来たのではない。でも、ボウイのアンテナはいつも若々しく新しいものに敏感。ずっと想って来たこと、お若い頃からハンサム(美形)だけれど、その美には翳りがある。今60歳のボウイは老いてゆく。大病もしたし、皺も増えた。それでも美しい!殉教者のようにさえ思える程、過酷な道のり。『ヒーザン』以降かな、ボウイの第4期のピーク(黄金時期)だと想う。第3期とよく言われるけれど、私は第4期が2000年前後のボウイだと想う。酷評が続いた折、旧友のミック・ジャガーのインタビューで”デヴィッドは叩かれすぎだと思う”とボウイの作品・試みをミックは評価していた。彼らはずっと闘って来たから。友だからというだけの言葉ではないだろう。『レッツ・ダンス』以降、やっとファン(時代)がボウイに追いついたと言われた。でも、そうではない私。嘗ての宇宙人のようなボウイでは今はないけれど、どうしてもポップさの裏側に悲壮感が付き纏っている。故に”リアル”に想えることがあるので不思議なお方だ!取り留めの無いことばかり綴ってしまったけれど、ボウイの美しさの陰影にも作品との符号を見ることができるので、上の50代のボウイのお写真を拝見し、想いが巡り書き連ねてみたという感じ★ボウイが大好きだけれど、ボウイ・オンリーではない。色々好きな音楽たちがある。その上でかつボウイが一等好きだという揺るぎないものは何だろうとも想う。
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by bowieworld | 2007-11-02 15:32 | ボウイに付随する私的な想い

『ジギー・スターダスト』より先に聴いた『ピーターと狼』

中古盤の在庫の整理も片付かないうえ、映画関連もかなり扱うようになったものでますます新譜(国内盤の)情報に疎くなり、さらに民放をほとんど観ないのでCMソングとか滅法疎い。元ブランキー・ジェット・シティの方がボウイの『Rebel Rebel』をカバーしていた曲が流れていたそうだ。リアルプレイヤーで聴けるサイトを教えて貰って(少しだったけれど)聴くことができた。ブランキーの人達がボウイ・ファンというのも友人に教えて頂いたことだった。イエロー・モンキーを私に薦めてくれた古い友人にも感謝している。カッコイイ!し伝わるものがある。ボウイもそうだけれど、カッコイイ!という反意語のように微妙なバランスでカッコ悪い!とも為りかねない。そこが魅力にも思える。嫌い、苦手な方々も多いと思う。好きな人達が好きでそれでいいと思う。色んな音楽があるのだから。以前、渚十吾さんとニコ(NICO)のお話をさせて頂いた折。ちょうどその少し前にマリアンヌ・フェイスフルがニコを歌った曲、そして、そのインタビューの中で「ニコは妥当な評価を受けずにいた」というようなお話があったので、その事等をお話ししていたところ、「こうして、ニコを好きな人達が評価しているからいいんじゃないのかなぁ。」とあの温厚な語りの言葉を忘れない。

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           この画像は1975年のUS盤です。

『ダイアモンドの犬』を入手出来てもまだ『ジギー・スターダスト』が見つからずにいた頃。先に買ったボウイのLPはクラシックの『ピーターと狼 青少年のための管弦楽入門』だった。ミドリ電化のお兄さんのお薦めだった。この作品は今だと好きだけれど、早く『ジギー・スターダスト』のLPが欲しくて仕方がなかった。当時、唯一のボウイ・ファンの友人が先に購入し、絶賛しているのでますます聴きたい!という気持ちは高まるのだった。その折も、『ヒーローズ』を買おうかと思っていたのだけれど、お小遣いで日本盤2枚は無理だった。現在、このアルバムのCDも再発されているけれど、レコードのジャケットが好きなのでそれでいいと思い買っていない。オーマンディ=フィラデルフィアによる1970年代(1975年録音)の名盤と謳われるプロコフィエフの「第5」と「ピーターと狼」。華麗なソリストたちがバックに揃い、ボウイは楽しそうに巧みにストーリー・テラーを演じているよう。元々、演劇畑のお方でもあるので、このようなナレーション(語りは全てボウイ!)も独特の雰囲気。

こういう経歴もあり役者でもあるので、どうしても”ロック”の王道から逸れた変わったロックスターとして映ることにもなっているのだろう。私はそんなボウイだから好きなのだと思う☆
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by bowieworld | 2007-10-01 23:35 | ボウイに付随する私的な想い

最初の印象。この人はこの世の者?

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デヴィッド・ボウイ(当時は確かデビッド・ボウイーと綴られていた)さまとの出会いから思い起こしてみよう。何故か?お名前は知っていた。でも、まだお顔もお声も音楽もどんなものかは知らなかった。忘れもしない新聞の下段に写し出されたモノクロ写真。「ヤング・ミュージック・ショー」の放送の告知だった。その1枚からもうドキドキしたというか不思議な気持ちになった...ように思う。小学生の低学年から少女マンガばかり読んでいたので、まるでそんな中から抜け出してきたかの様にその不思議な美しさにコロリ!きっと、そんな感じだったように思う。

その番組は来日ライヴ(2度目の)だった。細長い首から少し汗らしきものが光る。まるで宝石の様にきらきら。クールな照明の下でシンセサイザーの音。日本語で訳詞が出ていた。その歌詞の新鮮さ・不可思議さ(まだ、洋楽はビートルズしかちゃんと聴いた事がなかった)にも惹きつけられた。そして、何よりもあの麗しいお顔!なのに歌もお上手。そのお声にも惹きつけられた。1時間に満たない番組を観ている内に、もうすっかり魅了されてしまっていた。この日からミーハーなファン歴は始まったのだ。

f0004532_1432719.jpgそして、翌日、ダダをこねて母からお小遣いを頂き『ステージ』という2枚組のアルバムを買った。そして、毎月少しずつボウイのアルバムが増えていく...そして、それらはきちんとレコード棚に収められ今に至る。
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by bowieworld | 2005-11-21 00:00 | ボウイに付随する私的な想い