ボウイとマーク・ボラン(MARC BOLAN)★その1.

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★マーク・ボランMarc Bolan(1947年9月30日~1977年9月16日)の名を知ったのもボウイ経由。高校生だった。中学、高校と同じだったけれど同じクラスには一度もなれずにいた、洋楽話に花を咲かせることのできる唯一の友人がいた。彼女と休み時間になると静かな廊下で待ち合わせ情報交換したりしていた。美形ロッカーチェックが共通の嗜好でもあったけれど、時々お互い首を傾げることもあった。その時、既にマーク・ボランはこの世にはおられないお方だったけれど、その友人が購入したT.REXの『電気の武者』を貸してくれた。驚愕!という感じだったと思う。彼女はサウンドがとても気に入っていたのだけれど、私はマーク・ボランのお声が直ぐに気に入った。そして、少しずつ自分でもT.REXのレコードを集めてゆくことになり今に至る。原体験していないけれど、今はその頃をご存知の友人や知人が増えお話を聞かせて頂ける。ミッキー・フィンも私は好きで、1973年頃脱退されるのでもっと初期のティラノザウルス・レックス時代のアルバムも聴くようになった。今はオリジナル・アルバムは全て聴くことができたけれど、まだまだ聴きたいと思う。また、それ以外のレアな曲や事柄は知らないことだらけ。1977年、30歳のお誕生日を迎えずに天に召されたロック詩人。私はマーク・ボランのお声を聴いていると天使のように思えることがある。不思議な美しさが胸に響くよう。1977年(死の直前)のボウイがマーク・ボランと共演したテレビショウより♪

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Marc Bolan & David Bowie Rehearse "Standing Next To You"

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# by bowieworld | 2009-05-25 23:59 | 盟友・旧友・関連アーティスト

ボウイのジョン・レノンへの追悼 『イマジンIMAGINE』のカバー♪

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★ジョンの死はボウイにとってあまりにも大きく暫くスタジオ・アルバムが発売されなかった。それまでのリリース・インターバルからするとかなりのショックだったのだと思う。ジョンを死に追いやった人はボウイの舞台『エレファント・マン』を観に来ていたという。ジョンの死を無駄にしてはならないと思う。何が出来るのか?!少し考えたりするだけでも...戦争のない世界になればどんなに素敵だろう。でも、世界は殺戮の歴史なのだ...。高校生の時の美術の課題で自由テーマだったのだけれど、私の思い浮かぶ”思想家”をコラージュしたものを作って提出したら何故か選ばれたことがある。徹夜で一気に仕上げたのだけれど、その中の3人だけはしっかり覚えている。ニーチェとガンジーとジョン。拙い筆で描いたのだった。どんな気持ちだったのか...よく思い出せないけれど。

David Bowie - Imagine (John Lennon cover)

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# by bowieworld | 2009-05-24 11:11 | 盟友・旧友・関連アーティスト

デヴィット・ボウイ&ポール・マッカートニーが起案したアルバム『ウォー・チャイルド~戦禍のヒーロー~』

デヴィット・ボウイ&ポール・マッカートニーが起案、戦争被災地の子供を支援するベネフィット・アルバム『ウォー・チャイルド~戦禍のヒーロー~:WAR CHILD HEROES THE ULTIMATE COVER ALBUM』が5/13にリリースされた。

紛争による死者の66%が子供であり、およそ30万人の少年兵が今日も武器を手に戦火へと向かっている。悲惨な現実に目を背けるのではなく、実際に多くの人命、子供たちの命を救ってきた「ウォー・チャイルド」というチャリティ団体がある。彼らは1993年に旧ユーゴスラビア紛争に応じて設立され、多くのアーティストを起用したチャリティ・アルバム発表やコンサート活動など精力的に続けてきた。

1993年に旧ユーゴスラビア紛争に応じて設立され、多くのアーティストを起用したチャリティ・アルバムやコンサートなどを通じ、精力的に続けてきたチャリティ団体「ウォー・チャイルド」。今作はこの「ウォー・チャイルド」をサポートしてきたポール・マッカートニーやボブ・ディラン、ザ・キンクス、デヴィッド・ボウイ、ブライアン・ウィルソン等、音楽史に名を刻むビッグ・アーティストが自身の曲からお気に入りの1曲をセレクトした上、次世代のアーティストを指名。名曲がまた新しい形で歌われるというユニークな企画アルバム。

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【収録曲】
1.ベック「ヒョウ皮のふちなし帽(レオパード・スキン・ピル・ボックス・ハット)」 by ボブ・ディラン
2.シザー・シスターズ 「ドゥ・ザ・ストランド」 by ロキシー・ミュージック
3.リリー・アレン feat. ミック・ジョーンズ 「ストレイト・トゥ・ヘル」 by ザ・クラッシュ
4.ダフィー「死ぬのは奴らだ(リヴ・アンド・レット・ダイ)」 by ポール・マッカートニー
5.エルボー「ランニング・トゥ・スタンド・スティル」 by U2
6.TV・オン・ザ・レディオ「ヒーローズ」 by デヴィッド・ボウイ
7.ホット・チップ「トランスミッション」 by ジョイ・ディヴィジョン
8.ザ・クークス「ヴィクトリア」 by ザ・キンクス
9.エステル「迷信」 by スティーヴィー・ワンダー
10.ルーファス・ウェインライト「ワンダフル/ソング・フォー・チルドレン」 by ブライアン・ウィルソン
11.ピーチズ「サーチ・アンド・デストロイ」 by イギー・ポップ
12.ザ・ホールド・ステディ「アトランティック・シティ」 by ブルース・スプリングスティーン
13.ザ・ライク 「ユー・ビロング・トゥ・ミー」 by エルヴィス・コステロ
14.ヤー・ヤー・ヤーズ「シーナ・イズ・ア・パンク・ロッカー」 by ザ・ラモーンズ
15.フランツ・フェルディナンド「コール・ミー」 by ブロンディ
<ボーナス・トラック>
16.コールドプレイ「ハウ・ユー・シー・ザ・ワールド No.2」
17.デュラン・デュラン & マーク・ロンソン「美しき獲物たち」
18.マッシヴ・アタック 「フェイク・ザ・アロマ」
19.レディオヘッド 「アイ・ウォント・ノン・オブ・ディス」

◆参照◆ウォー・チャイルド日本オフィシャルサイト

David Bowie - Heroes

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# by bowieworld | 2009-05-23 23:58 | 盟友・旧友・関連アーティスト

ボウイとウィリアム・バロウズ(WILLIAM BURROUGHS)★

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★ボウイはビートニクに影響を受けたお方で、そもそもは兄テリーの愛読書であったジャック・ケルアックの『路上』に大きな衝撃を受けたという。そして、ボウイはウィリアム・バロウズと文通友達であった。その書簡が公開される日は来るのだろうか...私の死後なら有り得るのかも。バロウズはロック・ミュージックとの繋がりも大きい。バロウズの有名なカットアップやフォールドインという手法。ボウイは70年代にこの手法を自らの作品で実践している。バロウズの書物を読んでもよく訳が分からないけれど何か圧倒的な言葉の力を感じる。同じように、ボウイの曲はその歌詞通りに訳してもさっぱり分からない。けれど、その中には伝わるものがあり、それら断片を蓄積しては私なりの漠然としてはいるけれど、ボウイの歌の世界が浮かび上がる...まだまだその過程であり何もよく知らない。ホモセクシャルでジャンキーで誤って妻をウィリアム・テルごっこという遊びの中で射殺しているバロウズ。その後も放浪生活を続け1997年に83歳で死去されたお方。このような語り草は有名だけれど、やはり謎めいた作家であるし生き様が実にユニーク過ぎる。バロウズを描いた映画やバロウズの作品を映画化したものもあるけれど、バロウズの圧倒的な存在感には到底及ばない。ボウイにはベルリン3部作という一連があるけれど、バロウズにはカットアップ3部作とされる一連がある。『ソフトマシーン』『ノヴァ急報』『爆発した切符』。網羅はしていないけれど、いくつかの作品を読んだ。『ソフトマシーン』というタイトルはロバート・ワイアットが事故に遭う以前に在籍していた英国のジャズ・ロック・バンドを想起させる。また、スロッビング・グリッスルのジェネシス・P・オーリッジもバロウズからの影響の大きいお方。文学や絵画の手法がロックと繋がっている。パティ・スミスもバロウズへの追悼作品を作っているし。また、ボウイはイギー・ポップのことを”イギーは最後のビートなんだ”というようなことを仰っていた。とにかく興味深い繋がりである!
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# by bowieworld | 2009-05-22 23:59 | 盟友・旧友・関連アーティスト

クラウス・ノミ(KLAUS NOMI)と共演の『SATURDAY NIGHT LIVE サタデー・ナイト・ライヴ (1979)』

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★1979年のアメリカのテレビ番組『SATURDAY NIGHT LIVE サタデー・ナイト・ライヴ』で、ボウイとクラウス・ノミ(1944年1月24日~1983年8月6日)が共演している。ボウイがクラウス・ノミの個性を気に入り、このライヴでの衣装などのデザインとバック・ミュージシャンとしての参加を希望したことから実現したという。2000年代に入り、『ノミ・ソング』というドキュメンタリー映画も公開された(この映画のことはまた後に)。その中でもボウイは記録映像として登場されている。クラウス・ノミとしてレコード・デビューする前の貴重なテレビ番組だと思う。また、ボウイはクラウス・ノミの訃報に悲しみ、直ぐに追悼の言葉をワールドツアー中だったと思うけれど述べている。その時、世界はまだエイズの恐怖を煽り立て、ゲイであることが病魔のように伝えてもいた(今もまだまだ大きな誤解と偏見があるけれど)頃のこと。私はこの『サタデー・ナイト・ライブ』をテレビ放送で観たのが最初。当時、家のビデオデッキはベータという小さめのビデオテープ対応のものしか無く、急にその放送を知ったので大慌てでテープを買ってきて貰い録画した。けれど、その後そのデッキは故障して新たに購入したものでは再生不能という状況。そんな私は記憶の中でしかその映像を知らず見返す術もなかった。けれど、年月を経て友人にその映像ビデオを観せて頂ける日が訪れた。以前はYouTubeでこの時の『世界を売った男』等が観れたのだけれど今はダメなようだ。なので、最も早くにエイズで亡くなったアーティスト(僅か39歳の若さだった)と云われる、素敵なクラウス・ノミの映像を♪
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Klaus Nomi - Nomi Song

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# by bowieworld | 2009-05-21 23:58 | 盟友・旧友・関連アーティスト

『スペース・オディティ SPACE ODDITY』 (1969年)

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★1969年にリリースされた『スペース・オディティ SPACE ODDITY』はボウイの初のヒット曲であり、代表曲かつ名曲の一つ。ボウイは映像を60年代から製作しているお方。短編映画のようなビデオクリップとも云える素晴らしいもの。メロトロンとピアノでリック・ウェイクマンが参加!下の画像は、フィルム『LOVE YOU TILL TUESDAY』に収録の「スペース・オディティ」オリジナル・ビデオ。上のお写真は、ボウイとお母様、そしてアンジー・ボウイ(1970年3月20日の婚姻届を出された日のものだそうです)♪

David Bowie- Space Oddity Original Video (1969)

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# by bowieworld | 2009-05-20 05:55 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

ボウイとジョン・レノン(JOHN LENNON)★その1.

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★まったく私的なことながら、私の洋楽熱の始まりはボウイが最初ではなくビートルズだった。中学生になる前の春休みに母にビートルズのボックスセットのレコードを買って頂いた。綴じられたブックレットに経歴やお写真などが載っていた。メンバーの身長なども書いてあり、センチメートルではなくフィートだったので、辞書で調べて換算してみたりもした。異国のお方は背が高いように思っていたのに私の計算だとメンバーはあまり長身ではないので計算間違いしているのだと少し悩んだ。中でも『ラバーソウル』が直ぐに気に入った。素晴らしい楽曲たちに私の心は躍り、特に好きな曲ばかりをカセットテープに録音して幾度も聴き返していた。ジョンがボーカルの曲が多くを占めていると後から気づいた。そして、”ジョン・レノンが好き!”と自覚したのだと思う。そして、ビートルズの本や詩集を文庫で購入して登下校を共にした。中学は遠かったけれど楽しかった。つい熱中して読んでいると電信柱にぶつかることもあり痛かった。けれど、そんな日々も遠い過去なのに今も鮮明に楽しい記憶として残っている。ジョンのことを私はあまり綴らない。大好きなのだ!今もこうして想うと泣いてしまう。小学生の頃に祖父が亡くなった時はまだ幼くて父の悲しみの表情が今も記憶されている。”人の死”ということに向かい合ったと思えるのは両親の死の前にジョンがいた。母と一緒にテレビ放送された『ヘルプ!』を愉しく鑑賞していた。暗殺されたニュースを両親と共に陰鬱な気持ちで報道される映像や音楽と同時に聞いていた。ヨーコさんの呼びかけの刻、私も祈った。人の死に対し心から悲しみ祈るということ、その最初の人がジョンだった。私はビートルズもジョン・レノンも活動されている時期を原体験してはいない。なので、ジョンがようやく再始動という時期の死はショック過ぎた。ボウイが好きになり聴いているとジョンに似ていると感じていた。そして、まだ『ジギー・スターダスト』に出会う前に『ヤング・アメリカンズ』のレコードを購入した。私のボウイのアルバムの遭遇の仕方は年代順ではないので、針を置く度にドキドキしていた。予想がつかないから。でも、ボウイのどの時代のアルバムも曲もお声もお姿も大好き!ようやくボウイのアルバムの順番や流れを何とか把握できたのは80年代に入ってからのこと。私は”待つ”ということも結構好きみたい。念願の『ジギー・スターダスト』を購入したのも80年代に入っていたけれど、いつも以上にレコード屋さんのレジでワクワク緊張もした。嬉しくて嬉しくて抱えるようにして帰宅した。そして、それらのレコードたちは今も私のレコード棚の一番上の扉の付いた場所に居る。その場所は「ボウイのコーナー」と決まっているのだ。その周りにジョンも居る。ずっと☆
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# by bowieworld | 2009-05-18 23:58 | 盟友・旧友・関連アーティスト