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『アート・ロック特集』での嬉しい発見☆

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あまりにも感激と感涙した理由を今言葉に上手くすることはできません。ボウイのお陰でシド・バレットやピンク・フロイドを聴くきっかけとなった私。また、ボウイがどのくらいシド・バレットのことが好きで多大なる影響を受けてきたのか...また、カリスマであるボウイは私の大切な”美しい世界”の核となっているお方とも言える。そして、病的な思考だと指摘を受けても来た私の”少女愛好(少年愛好)”はどうしても拭い去ることなどできず、さらに深まるばかり!そして、音楽も映画も文学もアート...総て繋がりあう世界。それらの融合する瞬間に幾度と遭遇し私の心に突き刺さったままのものたち。それらは美しく優しい。けれど、苦痛な歓びとも言える。ボウイはやはり”アート・ロック”なお方!バブル世代の私。嘗て”アート至上主義の時代は終わった”と語る上司がおられた...データや数字、機能やスピードを優先する時代に取り残された私。けれど、今も然程変わりはしない。相変わらずアート好きで、売れなくなってゆくレコードやCD、映像関連のものたちを愛してやまない。下の映像はBBC制作のものだろうから、ジョナサン・ミラー監督の『不思議の国のアリス』(1966年の英国映画)と融合させたのであろう。実にピッタリ!私の好きなアン=マリー・マリック(アリス役の少女)と、ボウイのインタビュー、当時のサイケデリックな映像でピンク・フロイドの初期名曲『シー・エミリー・プレイ』を幾度も聴いた(観た)☆

Syd Barrett "See Emily Play" - Pink Floyd

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by bowieworld | 2009-01-18 09:37 | 盟友・旧友・関連アーティスト

☆62歳のお誕生日おめでとうございます☆

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☆今日はボウイの62歳のお誕生日です。おめでとうございます☆

去年の画像のヴァージョン違いのようなお気に入りの美麗フォトを掲載させて頂きました。私が初めてボウイのコンサートに行ったのは80年代のボウイ旋風で湧き上がる中の『シリアス・ムーンライト・ツアー』でした。大阪府立体育館と京都会館に行きました。今年になって、幸先良くボウイの映像がBSで流れたりするので嬉しいです。先日はサエキけんぞう氏の解説によるバンクーバーでのライヴ、そして一昨日はピーター・バラカン氏解説の「アート・ロック」とボウイで新年を迎えている感じです。

ボウイはシド・バレットから大きな影響を受け敬愛していた。ボウイは”シドはまるで別世界に住むピーターパンのようだった”というようなお言葉を。そして、私はボウイもまた同じお言葉が似合うお方だと想え、何故だか不思議な美しい光を感じ涙が溢れてしまった♪
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by bowieworld | 2009-01-08 06:23 | 美麗ボウイ・お気に入りフォト

1967年頃のボウイ

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シドの死から一ヶ月が過ぎた。この苦手な夏、今年は”これでもか!”とまだまだ私は受難の真っ只中のよう。好きな映画を観てひと時の幸福な気持ちになれたり、さらに落込んだりと、過ごしているけれど。悪いこともあれば良いこともある。人生の半ば(まだ1/3という仙人気分も少しあるけれど)、色んなことがあるもの。ボウイがシド・バレットから大きな影響を受け、大好きだった、そんな時代、1967年頃のお写真。なんて!素敵~♪ボウイのお写真を眺めていると泣いていても幸せ。ダウナー気分の時はボウイの音楽よりもジャケットやお写真を眺めていることが多い。美しいお方なので、好きなお写真は山のようにある。知らないものを見つけるとその都度歓喜してしまう。こうした、俯くボウイの表情は特に好きな部分。内向的な感じというのかな?憂美★
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by bowieworld | 2006-08-20 18:24 | 美麗ボウイ・お気に入りフォト

シド・バレットへの追悼コメント

f0004532_5345732.jpg「どれだけ悲しいか言葉にできない。シドから、ものすごく影響を受けた。60年代に見た彼のギグは一生、忘れない。」とボウイはシド・バレットの死を知り追悼の意を逸早く発表した。

2006年7月7日に伝説のシド・バレットは60歳でお亡くなりになった。その死が発表されたのは7月11日(私のお誕生日だった)。あまりネットで訃報ニュース等をチェックしないのだけれど、友人がお誕生日に伝えるのは...と思ったのか、数日後メッセンジャーにて配信してきてくれた。ピンク・フロイドの創設メンバーで初代リーダーだったシド・バレット。1967年の1stアルバム『夜明けの口笛吹き』を発表(2nd『神秘』にも少し関わった曲がある)、その頃から幻覚剤によるものからか精神を病み、バンドに在籍していられる状態ではなかったそうで脱退(ストーンズのブライアン・ジョーンズの脱退をも思い浮かべる)。その後、シド・バレット(Syd Barrett)のソロ名義で『帽子が笑う…不気味に』、『その名はバレット』の2枚を残したまま...。これまでも死亡説、廃人同様ながら生きている...などと幾度もこの正しく伝説のアーティストの噂は囁かれ続けていたように思う。

私がシド・バレットという名を知ったのはやはりボウイ。1973年の『ピンナップス』というカバー曲ばかりのアルバムの中に入っていたから。いつものごとく、「シド・バレットって誰?」「ピンク・フロイドって、あの?」(と言っても音楽雑誌で少し知っていた程度)と、そのオリジナルが聴きたくなるのだった。だって、ボウイが魅了された大好きな曲なのだから。『夜明けの口笛吹き』を買いヘッドホーンで繰り返し聴き、眩暈がする程の衝撃を受けた。フィードバック、サイケデリック、当時のアート感覚に頭がグルグル。少し怖い様な、”スゴイ~!!”という様な感じを楽しむ17歳の頃を思い出す。『See Emily Play』のポップさはボウイのカバー集の中でも直ぐに好きになった。そして、ジャケットに写るシド・バレットのルックスにも惹かれた、というか気になった。

「これらの曲は当時の僕にとって、それは大切なものだった。1曲1曲が当時の僕には意味があった。僕にとって当時のロンドンがこれらの歌だった。金曜の夜になるとロンドンにやってきて、そこで起こってることを見ていた。いつも一晩泊まって・・・・・。」とボウイは嘗て語っていた。

ボウイがシド・バレットから受けた影響の大きさは私にも伝わるのだ。とても大好きだったと。シド・バレット、初期ピンク・フロイドのライヴを体験しているボウイは、シド・バレットの精神を後のグラム・ロックと呼ばれる時代に愛を込めて引き継いだお方の様に思う。プログレにお詳しい方々の中にボウイもお好きな方は多い。グラム・ロックを軽薄だとあまり評価されないお方も知っている。そんな事はどうだっていい!デヴィッド・ボウイというアーティストが真にプログレッシヴなのだから。ボウイがシドの死を言葉に出来ない程悲しんでいる。そう思うと私は涙が止まらない...。シド・バレットの活動時代は追体験。残された作品は永遠だ。私は作品でしか知らないシド・バレットの素晴らしさを、当時を生き、今も生きるボウイから伝えられる。ボウイより1つお兄さんのシド・バレット。お誕生日はボウイと2日違い。引退後のシド・バレットは幾度か病院の入退院を経て、お母様と一緒に静かに生活されていたそうだ。私もご冥福をお祈りしている。
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by bowieworld | 2006-07-24 23:58 | 盟友・旧友・関連アーティスト