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ボウイのニックネーム「オスカー」の由来はポール・ニコラスにあり☆

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★ボウイが「シリアス・ムーンライト・ツアー」のワールドツアーの頃(1983年)だったと想う。読んだ雑誌が何かハッキリ想い出せないので大まかに。「デヴィッドのことは普段"オスカー"と呼んでいる」というような記述があった。その由来などは語っていなくて、「60年代に関係しているんだ」というようなもので、ヒントとなるのはその「60年代」だけだった。あまり好きではなかったYouTubeなのだけれど、土下座の想い。色んなことが解けてゆくし想いだされる毎日である。

「オスカー」と聞くと、私はオスカー・ワイルドを直ぐに想起するのだけれど、ボウイとは似ていないし...。オスカー・ワイルドの作品をボウイが読んでいないとは考えられないけれど60年代より遥かに古いお方。さて...?と何気にボウイの動画を観ている時に発見!60年代のバンドであるオスカー(Oscar)を!彼等の1967年の3rdシングル『Over the Wall we go』を書いたのは当時20歳頃のデヴィッド・ボウイなのだった。このオスカーと云われても私にはピンとは来ないけれど、ポール・ニコラス(Paul Nicholas)のバンドであると分かり嬉々とした。ポール・ニコラスというと俳優としての方が馴染みがあるのだけれど、この頃はシンガーとしても人気があったらしい。上の画像のお姿を拝見すると、少しボウイ、少しシド・バレット、より似ているのはジュリアン・コープだろうか...などとミーハーなことも。更新しようと想いながら随分経ってしまいました。

『Over the Wall we go』のオスカー・ヴァージョンとボウイ・ヴァージョンがありましたので ↓ に貼っておきます♪
 
OSCAR Over the wall we go DAVID BOWIE SONG 1967


David Bowie/Over the Wall we go


※何に記されていたか出てきましたら、その箇所を記します。
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by bowieworld | 2009-12-11 10:00 | 盟友・旧友・関連アーティスト

『スペース・オディティ SPACE ODDITY』 (1969年)

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★1969年にリリースされた『スペース・オディティ SPACE ODDITY』はボウイの初のヒット曲であり、代表曲かつ名曲の一つ。ボウイは映像を60年代から製作しているお方。短編映画のようなビデオクリップとも云える素晴らしいもの。メロトロンとピアノでリック・ウェイクマンが参加!下の画像は、フィルム『LOVE YOU TILL TUESDAY』に収録の「スペース・オディティ」オリジナル・ビデオ。上のお写真は、ボウイとお母様、そしてアンジー・ボウイ(1970年3月20日の婚姻届を出された日のものだそうです)♪

David Bowie- Space Oddity Original Video (1969)

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by bowieworld | 2009-05-20 05:55 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

『LONDON BOY ロンドン・ボーイ』

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1 Space Oddity (Original Version)
2 Did You Ever Have A Dream
3 There Is A Happy Land
4 Rubber Band
5 Let Me Sleep Beside You
6 Maid Of Bond Street
7 We Are Hungry Men
8 When I Live My Dream
9 Karma Man
10 The Laughing Gnome
11 She's Got Medals
12 Little Bombardier
13 Please Mr. Gravedigger
14 The Gospel According To Tony Day
15 Sell Me A Coat
16 Join The Gang
17 Love You Till Tuesday
18 The London Boys

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★このアルバム『LONDON BOY』は、ボウイの10代から20代初頭の音源集(1966年から1969年の18曲)。1曲目の『スペース・オディティ』はオリジナル・ヴァージョンです。メロトロンとピアノでリック・ウェイクマンが参加しています。”デビッド・ボウイ”と名乗るようになってからの楽曲たちです。それ以前は本名のデイヴィー・ジョーンズとしてモッズ・バンドを組んで活動していた時期も。それにしてもボウイは美しいです!美少年から美青年、そして美中年(美老人となられるのでしょうね)...ただの美形ロッカーではない。けっして!ただただ、”デヴィッド・ボウイ”という軌跡に慄くばかり♪
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by bowieworld | 2009-05-17 23:59 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

19歳になりたての頃の美少年ボウイ♪

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★1966年のボウイ。おこがましいのですが、”可愛い~!!”とトキメクお気に入りフォトです♪怒涛の多忙さで毎日更新がズレており申し訳ございません。いつもご覧くださっている皆様ありがとうございます!
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by bowieworld | 2009-05-16 23:58 | 美麗ボウイ・お気に入りフォト

『アート・ロック特集』での嬉しい発見☆

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あまりにも感激と感涙した理由を今言葉に上手くすることはできません。ボウイのお陰でシド・バレットやピンク・フロイドを聴くきっかけとなった私。また、ボウイがどのくらいシド・バレットのことが好きで多大なる影響を受けてきたのか...また、カリスマであるボウイは私の大切な”美しい世界”の核となっているお方とも言える。そして、病的な思考だと指摘を受けても来た私の”少女愛好(少年愛好)”はどうしても拭い去ることなどできず、さらに深まるばかり!そして、音楽も映画も文学もアート...総て繋がりあう世界。それらの融合する瞬間に幾度と遭遇し私の心に突き刺さったままのものたち。それらは美しく優しい。けれど、苦痛な歓びとも言える。ボウイはやはり”アート・ロック”なお方!バブル世代の私。嘗て”アート至上主義の時代は終わった”と語る上司がおられた...データや数字、機能やスピードを優先する時代に取り残された私。けれど、今も然程変わりはしない。相変わらずアート好きで、売れなくなってゆくレコードやCD、映像関連のものたちを愛してやまない。下の映像はBBC制作のものだろうから、ジョナサン・ミラー監督の『不思議の国のアリス』(1966年の英国映画)と融合させたのであろう。実にピッタリ!私の好きなアン=マリー・マリック(アリス役の少女)と、ボウイのインタビュー、当時のサイケデリックな映像でピンク・フロイドの初期名曲『シー・エミリー・プレイ』を幾度も聴いた(観た)☆

Syd Barrett "See Emily Play" - Pink Floyd

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by bowieworld | 2009-01-18 09:37 | 盟友・旧友・関連アーティスト

『PIN UPS』 ボウイがモッズ時代に愛した曲たち

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ボウイの1973年の全曲カバーによるアルバム。ジギー~アラディン・セインの後、ボウイが10代の頃のモッズ時代に大好きだった曲たちから構成されている。私は以前にも書いたけれど、このアルバムはピンク・フロイドを聴くきっかけとなったもの、またその他のお名前は聞いたことがあるけれど...とか、誰だろう?...という状態の10代の頃。ピンク・フロイドのカバー曲が最も好きだったけれど、その次はキンクスの曲だった。そしてザ・フーかな。ヤードバーズにエリック・クラプトンやジェフ・ベックやジミー・ペイジが在籍していたブリティッシュ・ビートなどという世界は何も知らない頃だった。ジミー・ペイジとは既にモッズ時代に共演しているけれど。今では”ベック”というとアメリカの”BECK”の方が通りが良いのだろうけれど、私は今でも”ベックというとジェフ・ベック”なのだ。共に、ボウイと関わりもある。こうして少しずつボウイのアルバムが増えてゆくことが嬉しくてたまらなかった懐かしき時代。80年代がリアルタイムなのでNew Waveが大好きでボウイの影響を受けたアーティストは数知れず。90年代に入ってもグランジ~オルタナティヴという盛り上がりがあり、英国ではブリット・ポップが隆盛を極めていた。私はというと一部のオルタナ系は今でもよく聴く程大好きながら、全般的にはブリット・ポップが好きだった。そこにも、やはりボウイの影響は多く見られたので当然とも言える。また、ロンドン的な香りがとても好きなのだとも想う。この『PIN UPS』のジャケットのボウイの横のお方はツィッギー(Twiggy)☆60年代を夢みているかのよう♪

1. Rosalyn - PRETTY THINGS
2. Here Comes the Night - THEM
3. I Wish You Would - YARDBIRDS
4. See Emily Play - PINK FLOYD
5. Everything's Alright - MOJOS
6. I Can't Explain - THE WHO

7. Friday on My Mind - EASYBEATS
8. Sorrow - MERSEYS
9. Don't Bring Me Down - PRETTY THINGS
10. Shapes of Things - YARDBIRDS
11. Anyway, Anyhow, Anywhere - THE WHO
12. Where Have All the Good Times Gone! - KINKS

そこで、2000年代に入り奇跡的な共演が実現した。嘗てボウイのアイドルであったキンクスのレイ・ディヴィスとボウイがあの美しい名曲『WATERLOO SUNSET』のデュエット!2003年2月26日の『チベット・ベネフィット・コンサート』(ニューヨーク・カーネギーホール)でのこと。この曲はボウイの作品には入っていない(ブートレグは知らないけれど)。あまり画像は良くないのですが音はなんとか。キンクスの『サムシング・エルス』1967年(5thアルバム)の中の曲。哀愁を帯びた美しきロンドンの夕暮れを想像する。一度だけテムズ川の辺りを少し歩いたことがある。寒い真冬だったけれど。キンクスはとても英国的な綺麗なメロディと詩情に溢れていて好き。ボウイのメロディも美しいですが。そういえばボウイも初期は英国PYE在籍でしたのでキンクスは先輩。レイ・ディヴィスはボウイより3つ程年上。でも、どちらも英国の宝には違いない☆嬉しくてしあわせ!

David Bowie and Ray Davies/Waterloo Sunset live!

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by bowieworld | 2008-10-11 00:03 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

マリアンヌ・フェイスフル:MARIANNE FAITHFULL 『Love in a mist』 1967年

60年代のロンドンというと、MOD(モッズ)、スウィンギング・ロンドンなリズムとファッションが浮かぶ。当時を知らないが故の憧れのようなものを抱いてしまう。ボウイも60年代はDECCA(デッカ)に所属していた。同じ時期のお兄さんバンドのような存在でもあったローリング・ストーンズとはその頃から交流が始まる。マリアンヌ・フェイスフルもこの1967年作品(4thアルバム)まではデッカに所属。現在60歳を超えたこれらの方々がまだお若い10代~20代の頃☆その交流を想うとさらに華やかしきロンドンに思える♪
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              ♥1967年UK・DECCA盤
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             ♥1988年ドイツ・LONDON盤

マリアンヌ・フェイスフルのレコードを初めて買ったのは『ブロークン・イングリッシュ』。あのブルーのクールなジャケットに一目惚れ♪その中にも大好きなジョン・レノンのカバーが入っていて嬉しかった。少し経って購入した60年代のベスト盤の可憐なルックスと歌声(高目のお声も出ていた頃)にもすっかり魅了されてしまい、ジャケットが違えば見つけると買う対象のアーティストになっていた。DECCA盤LPはロンドンで少し高めだったけれどネクタイにプレスリーがいたり、笑う表情が可愛いので躊躇せず購入した(上の画像はCD化されたものより)。下のドイツ盤CDは1988年の発売当時に購入。なので、CDを先に買ったことになるのだなぁ。私にしては珍しいケースだけれど古い作品で状態も良いとなると安価ではあまり巡り合えないものなので。このアルバムでも、レノン=マッカートニーの「イエスタディ」を始め、ドノヴァン、ジャッキー・デシャノン、ティム・ハーディン、ボブ・リンド...といった楽曲を取り上げている。また、前作『妖精の歌』にも収録されていた「貝がら」はフランス語ヴァージョンで今作では収録。また「行かないで」と題された曲、ドイツ盤には(BREL)とあるのだけれど、1959年のかのジャック・ブレルの「行かないで」ではなく、ジャック・ドゥミ=ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」のカバー。曲も歌詞も全く違うのだけれど、当時のロンドンではスコット・ウォーカーがブレルの大ファンでカバーしていたり、サンディ・ショウ(ブレルの「行かないで」の楽曲を初めて知ったのはサンディ・ショウだった)やニーナ・シモンもカバーしていた時代。「シェルブールの雨傘」の歌詞にもNe me quitte pasとあるのでこのタイトルとなったのだろうか...その辺りの経緯はよく分からない。

前年の1966年にはジャン=リュック・ゴダールの『メイド・イン・USA』で映画デビューも果たしている。でも、この後、妖精のような可憐なマリアンヌ・フェイスフルはスキャンダルの女王となってゆく。そして、今日のアーティスト!マリアンヌ・フェイスフルが毅然と在るに至るまでには約20年の苦しい時期を経てのこと。今生きているこれらのアーティスト達、ボウイもそうだけれど、死んでいてもおかしくないはないという滅茶苦茶なドラッグやアルコールなどなどの生活。そのような死によって伝説化され時代のシンボルとして刻まれる(忘れ去られる場合もあるけれど)。でも、ボウイもストーンズもマリアンヌ・フェイスフルも...嘗てのヒット曲ばかりを歌うアーティストには未だになってはいない!40年以上の歩み。その存在証明のような軌跡を想像すると壮絶すぎる☆それも宿命でもあるのだろう。

※10代の頃(初期の60年代辺り)のマリアンヌ・フェイスフルについての想いや好きな作品などについては、「クララの森・少女愛惜」にて。それ以降の作品などについては「音楽と映画の宝石箱」の方でも(ゆっくりですが)作品や素晴らしいヴォーカルについて追記してゆきたいと想っています♪
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by bowieworld | 2007-10-04 00:12 | 盟友・旧友・関連アーティスト

1967年頃のボウイ

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シドの死から一ヶ月が過ぎた。この苦手な夏、今年は”これでもか!”とまだまだ私は受難の真っ只中のよう。好きな映画を観てひと時の幸福な気持ちになれたり、さらに落込んだりと、過ごしているけれど。悪いこともあれば良いこともある。人生の半ば(まだ1/3という仙人気分も少しあるけれど)、色んなことがあるもの。ボウイがシド・バレットから大きな影響を受け、大好きだった、そんな時代、1967年頃のお写真。なんて!素敵~♪ボウイのお写真を眺めていると泣いていても幸せ。ダウナー気分の時はボウイの音楽よりもジャケットやお写真を眺めていることが多い。美しいお方なので、好きなお写真は山のようにある。知らないものを見つけるとその都度歓喜してしまう。こうした、俯くボウイの表情は特に好きな部分。内向的な感じというのかな?憂美★
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by bowieworld | 2006-08-20 18:24 | 美麗ボウイ・お気に入りフォト

「DAVY JONES AND THE LOWER THIRD」について語る。

『ステージではいつも大音量で演奏した。フィードバックを多用して、メロディなんて全然演らない。タムラ・モータウンをベースにしたサウンドを粉々に砕くだけだった。100人ぐらいの熱心なモッズ族のファンがいたけれど、ロンドン以外でギグをやる時は、いつもブーブー言われてステージから降ろされる始末さ。たいしていいバンドでもなかったな。』

1965年、ボウイはマニッシュ・ボーイズの後、ローワー・サードを率いていた(厳密にはローワー・サードは存在していたので加入なのだけれど)。メンバー中最年少の18歳。まだ、BOWIEと名を変える前のこと。彼らは、市役所の払い下げの古い救急車でライブ回りしていたそうだ。そこに布を敷き仮眠することもできたと。その古い救急車は常にマーキー・クラブに駐車されるようになり、クラブのスタッフが珈琲を持ってきてくれたりしたそうだ。・・・いい感じ。*マニッシュ・ボーイズの「ⅠPITY THE FOOL」では、かのジミー・ペイジがギター参加している!きっと、渋谷陽一氏も大喜びされたに違いないと後から知った私も嬉しくなった。
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それにしても、18歳のボウイ少年の凛々しいこと!!カッコ良過ぎ。一際輝いている。お顔のツヤやオーラが他のメンバーとは違う!ブーブー言われてステージから降ろされていたなんて。私ならキャァ~キャァ~言って貧血状態だったに違いない。こんな綺麗な顔だと毎日、鏡を見てうっとりするだろうなぁ~。
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by bowieworld | 2005-11-24 00:00 | 素晴しきアルバム・楽曲たち