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『クリスタル・ジャパン』★宝焼酎『純』CM提供曲とご出演(1980年)『時代が変わればロックも変わる』♪

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★デヴィッド・ボウイ(DAVID BOWIE)の『クリスタル・ジャパン(CRYSTAL JAPAN)』は1980年にシングル盤となった曲であり、当時このCMになんと!ボウイがご出演されていたのである。私は洋楽にのめり込む真っ只中であり、かつボウイの『ジギー・スターダスト』のアルバムに遭遇できずに色々と新たな出会いに歓喜していた頃。毎日ラジオを聴きエアチェックは習慣となっていた。カセットテープが今でも大好きなのは多くの音楽との想い出があるからかもしれない。この『純・ロック・ジャパン』あるいは『時代が変わればロックも変わる』という麗しいお姿でブラウン管に登場されたボウイ!この時の私の感動やときめきは言葉では表わせない。でも、今も然程変わってはいないけれど、「きゃあ~☆!」という瞳も心も輝き躍るというような存在。

このコマーシャル出演の情報は、当時クラスメイトに「ボウイ隠密」と云われていた私は事細かに音楽雑誌をチェックしていた頃に。不思議なもので本屋さんでパラパラっと雑誌を眺める時、「デビッド・ボウイー」という活字は直ぐに飛び込んで来るのだった。ボウイの事が少しでも書かれていたら見つけた雑誌は何でも買っていたという頃。そんな中で知り得た情報でドキドキと本当だろうかという想い。父は時代劇と刑事ドラマが好きだった。母は家族ドラマ。そして、吉本新喜劇と松竹新喜劇を毎週観て育った。石原軍団よりも池辺良や高倉健という世界が、または、私の好きな日本の男性像が次第に確立して行った。そして、フランスのフィルムノワールの世界が今も大好きなことにも繋がってゆく。石原プロものというと『太陽にほえろ』が最も馴染みのあるドラマだったけれど、このボウイのCMが毎週確実に観ることが出来たのは『西部警察』という石原軍団による刑事ドラマがあり、提供にこの『宝酒造・純』が入っていたことによる。というよりも、私はボウイが出演される『純・ロック・ジャパン』のCMが観たいが為に『西部警察』を観ていたと云える。けれど、毎週観ていると結構面白く、中にお一人だけ大きなバイク(ハーレーだったと想う)に乗って登場し活動する刑事が居られた。それは舘ひろし。抜きんでカッコよかったのでその刑事の登場を待っていた。そして、舘ひろしというお方はクールスというバンドのヴォーカルでもあったということも知る。矢沢永吉のあのキャロルの親衛隊でもあったそうだ。この辺りのことは今もほとんど知らない。

このボウイの『クリスタル・ジャパン』はボウイによる楽曲でインスト。キーボードとシンセサイザーによる主旋律でボウイ流の「雅(みやび)」が奏でられるという美しい曲でもある。このシングルは日本盤にしかなっていない。また、B面も大好きな曲。クルト・ワイル&ベルトルト・ブレヒトによる『アラバマ・ソング(ALABAMA SONG)』を歌うボウイの名曲カバーの一曲が収録されていた。この曲は以前の来日公演でも演奏されたという。私は『シリアス・ムーンライト・ツアー』が最初のボウイ・ライヴ体験なので残念。この当時の家のビデオはどういう訳か小さなビデオテープ対応のもので録画したこのボウイの映像がデッキの故障と同時に観れなくなってしまった。YouTubeで拝見できたので嬉しかったけれど、このシングル・ジャケットにあるヴァージョンは入っていない。贅沢は云わず感謝しなくては!何かの雑誌で「このボウイは田宮二郎に似てる」と書かれていたので、「タイムショック」や「白い巨塔」しか知らなかったけれど東映、東宝時代のお若き姿を後に拝見すると蒼白顔のカッコいいお姿であったと田宮二郎を再認識することにもなった。ああ、やはり日本映画やドラマは「昭和」で時が止まっている私である♪



(追記)
★このYouTubeで朝からボウイを拝見。今もまた観たくなって観ていた(そんな為にブログに掲載してもいる)。このシルクのシャツも綺麗です。この想い出も蘇ります。このCMが放送中か直後の頃、梅田の阪急三番街の上の方の階にレコード屋さんがあったのでよく行っていた(今は無いけれど)。日曜日に友人と行くと、手の届かない入り口の高い場所に「デビッド・ボウイーが着ていたシャツ!」と飾ってあった。確か100万円と書かれていたと記憶している。私は拝見できるだけでぽお~っという想いだったけれど、クールな友人は「ボウイが着ていたシャツと同じ物で、ボウイが本当に着ていたものかは分らないよ」と興醒めなことを云った。でも、今では私も定かではないなっと想う。当時、この展示されていたシャツの事をご存知のお方も居られると想います。懐かしいです♪


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by bowieworld | 2010-02-15 12:09 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

ボウイのジョン・レノンへの追悼 『イマジンIMAGINE』のカバー♪

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★ジョンの死はボウイにとってあまりにも大きく暫くスタジオ・アルバムが発売されなかった。それまでのリリース・インターバルからするとかなりのショックだったのだと思う。ジョンを死に追いやった人はボウイの舞台『エレファント・マン』を観に来ていたという。ジョンの死を無駄にしてはならないと思う。何が出来るのか?!少し考えたりするだけでも...戦争のない世界になればどんなに素敵だろう。でも、世界は殺戮の歴史なのだ...。高校生の時の美術の課題で自由テーマだったのだけれど、私の思い浮かぶ”思想家”をコラージュしたものを作って提出したら何故か選ばれたことがある。徹夜で一気に仕上げたのだけれど、その中の3人だけはしっかり覚えている。ニーチェとガンジーとジョン。拙い筆で描いたのだった。どんな気持ちだったのか...よく思い出せないけれど。

David Bowie - Imagine (John Lennon cover)

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by bowieworld | 2009-05-24 11:11 | 盟友・旧友・関連アーティスト

バウハウス(BAUHAUS)の『ジギー・スターダスト(ZIGGY STARDUST)』カバー★

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★80年代の私を回想することはとても愉しい。ついこの間のことのよう。ボウイが大好きな私は、バウハウス(BAUHAUS)を知った時、あまりにも自然に”これだ!”と感じた。オリジナルでシングル各種、アルバムと揃ってもいる。そして、いまだによく聴いている。群を抜いてカッコ良かった!思えばバウハウスの4人のメンバーのルックス度は高い(やや過去形にもなりそうな方も)。ヴォーカルのピーター・マーフィー(Peter Murphy) 、ギターとサックスのダニエル・アッシュ(Daniel Ash)、ベースのデヴィッド・J(David J) 、ドラムのケヴィン・ハスキンス(Kevin Haskins) 。ケヴィン・ハスキンスが最もハンサムにも思うけれど、4人共が違った個性を持ちバウハウスであった(ある)。1982年にボウイの「ジギー・スターダスト Ziggy Stardust」とブライアン・イーノの「サード・アンクル Third Uncle」のカップリング・カバー・シングルを発表。ニューウェーブ(ポストパンクとも)シーンにバウハウスは70年代の英国グラムロックを継承したバンドであったとも云えると想う。ゴスと云えばバウハウスは欠かせない。そのゴス帝王の先にはさらにゴッドなボウイが存在していた。これらの美しき継承を麗しき人々が体現してくださっていた。その刻に思春期~青春期を過ごした私の心に記憶された黒い薔薇の十字架♪


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by bowieworld | 2009-05-14 11:52 | ボウイの曲のカバーたち

ニナ・ハーゲン(NINA HAGEN)の『ジギー・スターダスト(ZIGGY STARDUST)』カバー♪

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★ニナ・ハーゲン(NINA HAGEN)は70年代がお好きだと語っておられ、その中でボウイの名も。そのインタビューを読んだのは80年代の終わり頃だったように思う。1980年のライヴでは既に『ジギー・スターダスト』のカバーをされていた。もっとあるのかもしれないけれど、これらの画像を知った時とても嬉しかった!私はボウイは別格として、とても女性ヴォーカルが好き。10代の頃に知り今もやはり好きであり続けているミューズにニナ・ハーゲンもいる。以前はこのエキサイトさまはYouTubeを貼る事を禁止されていた。私は「ボウイ館」では映像を付けたかったのだけれど、あまりYouTubeを頻繁に利用しないので別によかった。けれど、こうしたレア映像を拝見できるのだから侮ってはいけないと反省もした。『ジギー・スターダスト』のカバーというとやはり、バウハウス(BAUHAUS)!なので続けます♪

Nina Hagen - Ziggy Stardust Live 1980

Nina Hagen - Ziggy Stardust


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by bowieworld | 2009-05-13 06:07 | ボウイの曲のカバーたち

トレーニングするボウイもやはり暑苦しさは皆無☆

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★1980年のボウイ。タオルを首にしても体育会系にはならないお方で涼しげ。これは「ビバ・ロック」といいう雑誌の中のお写真。この雑誌はミーハー雑誌とも呼ばれていたけれど、私は毎号ではないけれどボウイが載っていたりすると買っていた。デュラン・デュランを始め、カルチャー・クラブ、カジャ・グー・グー、リマール、ワム!という当時若手の人気グループに混じり、ボウイもページを占領!その他、1ページのみながらポール・ウェラー、ミック・カーン、スティーヴ・ジャンセン、ニック・ヘイワードも載っている。デヴィッド・シルヴィアンがいないのが不思議だった。ボウイはそれらの美形たちに混じる最年長であり大御所のロックスター!「ビバ・ロック」も時々買っていることを友人にからかわれたりもしたけれど、ジャパンもデュラン・デュランも好きだったので私は嬉しかったのだ。ボウイのファンのお方で私より先輩方の多くは、何故かデュラン・デュランやニュー・ロマンティックスの見かけに軽薄さを感じられるようでもあった。それも愉しいけれど。2000年代に入り、友人おふたりとご一緒にデュラン・デュランのコンサートに行ったのだけれど、面白い程に同世代感に溢れたファン層であった。80年代育ちである自分を再認識した瞬間(時)でもあり何か嬉しいものも感じた♪
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by bowieworld | 2009-05-07 21:21 | 美麗ボウイ・お気に入りフォト

NICO(ニコ)が歌う『HEROES ヒーローズ』★

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★ボウイが大好きで、かつニコが大好きなお方はどれくらいおられるのだろう...。さっぱり検討もつかないけれど、どちらかを強く愛しているお方は友人知人たちの中にもおられる。私はというと、ボウイは格別なので誰とも比較などしないし、できない。けれど、NICO(ニコ)が大好きである!NICOはもう故人となり20年以上を経たけれど、私の中では生き続けていてくださる。此処は「ボウイ館」なので、ニコとボウイの関連というと『ヒーローズ』のカバー。1981年にニコはご自身のアルバム『DRAMA OF EXILE』に収録。そして83年頃から精力的なライヴ活動を行う時期へと。その当時のニコは、”『ヒーローズ』は私のために書かれた”と言っておられ、私はそれを信じていた。来日時(おそらく1986年の方)のインタビューで、”ボウイの『ヒーローズ』はあなたのために書かれたそうですが”と訊かれ、ニコは”彼がそう言ったの?”また、”デヴィッドとは映画的見解がとても近いの(似てるの)”というような内容。ボウイはベルリンでこの曲を作った。そしてニコはベルリン生まれのドイツ人(無国籍なNICOながら)。そして、その当時ボウイとニコはなにかしらの連絡(やり取り)をされたと思う。ニコはバンドをバックにレコーディングを終え、ヨーロッパを中心にその若いアーティストたちをバックにライヴを行っていた。キーボード(シンセサイザー)を担当していた青年はアンディ・クラーク。彼は、ボウイの『SCARY MONSTERS スケアリー・モンスターズ』(1980年)でシンセサイザーを担当している。そのアンディ・クラークはボウイ経由でニコのバンドメンバーに加入したようだ。経緯ははっきりしない。ニコは『ヒーローズ』の歌詞にご自分を投影することができたのかもしれない。ニコは、”彼(ボウイ)が私の過去を取り戻したの”という内容のお話をされたという。私はこの『ヒーローズ』という曲を今もなお聴き飽きることなどなく、力のある曲であると感じ続けている。波乱の人生を歩んだ孤高のニコにとってこの曲の存在は大きなものだったのだと思う。

NICO - HEROES

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by bowieworld | 2009-05-06 11:22 | 盟友・旧友・関連アーティスト

シングル『ASHES TO ASHES』のボウイ3変化♪

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★1980年の7インチ・シングル『ASHES TO ASHES』は3種類発売された。B面は『MOVE ON』。私は一番下のものが最もお気に入り。一つ目のものが最もこれまで見た回数が多いもの(当店に入荷した限りのものだけれど)。12インチはB面が『ALABAMA SONG』(ブレヒト=ヴァイル)♪

※昨夜遅くに忌野清志郎さんの訃報を知りました。私の弟や友人が悲しんでいる姿を想い心痛な思いでいました。今日の記事はちょっと手抜きで申し訳ございません。清志郎さんのご冥福をお祈りしています。
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by bowieworld | 2009-05-03 10:41 | 素晴しきアルバム・楽曲たち

『ASHES TO ASHES』とNEW ROMANTICS(ニュー・ロマンティックス)♪

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★80年代の幕開け!ボウイはアルバム『SCARY MONSTERS スケアリー・モンスターズ』の先行シングル『ASHES TO ASHES』をリリースし全英NO.1を記録。その頃(正確には1970年代末期から)VISAGE(ヴィサージ)が「デヴィッド・ボウイ・ナイト」というクラブ・イベントを開催。そのクラブにボウイも現れたそうだ。私は当時読んでいたいくつかの音楽雑誌の中で、「ニューロマンティック(ニューロマンチック)」と呼ばれ、ロンドンではファッショナブルな若いミュージシャン達と共にボウイやロキシー・ミュージックが毎晩かかるという記事に夢を馳せた。そして、ULTRAVOX!(ウルトラボックス!)やDURAN DURAN(デュラン・デュラン)の音楽に魅せられていた。美しくデカダンなエレクトロ・サウンドが心地良かった。それも、ボウイやクラフトワークの音楽を聴いていたお陰だろうと思う。けれど、私の好きな洋楽はやたらと批判を受けるものが多かった(音楽に限らず)。この「ニュー・ロマンティックス(ニュー・ロマ)」と呼ばれていたムーブメントに属していたアーティスト達は、みんな煌びやかで美麗だった。しかし、当時の洋楽のメジャーシーンはアメリカン・ハードとかヘヴィメタという頃で、それらのギタリストは巧いテクニックを誇示されていた(ミーハー故に美形のギタリストに好きなお方が2人いたけれど)。でも、此方は”英国の美学”あるいは”ダンディズム”という品性を誇っているのだ!と私は批判にグッと口ごもりながらも心の中やノートの中で叫んでいた。根性なしなので彼等に反論することができずにいた。でも、小学生の頃からそんな具合だったので、”あ~あ...”と私の心に仕舞い込んでしまうことに慣れてもいた。ロンドンには綺麗な男の子がいっぱいいるのだと思い、クラスを見渡しクールでいた。

私は「ニュー・ロマ」が大好きだったので、私服に着替えると出かける予定がなくてもフリルのブラウスを着ていた。校則ギリギリにジョン・テイラーの前髪を真似てみたり。若気の至りながらその時は愉しかったのだろう。ヴィサージやボーイ・ジョージに始まるこの「ニュー・ロマ」については、メンバーが交錯しているので整理するためにも追々に好きなグループのことを綴りたいと思う。「ニューロマ」~「エレポップ」(シンセポップとも呼ばれる)は80年代のNewWaveの特徴のひとつ(オルタナティヴやゴシックロック、ネオ・アコースティック等との関連も勿論のこと、これら総てをニュー・ウェーヴと呼んでいたのだから)。80年代に入るとようやくこうした同時代音楽を体験することが出来るようになった。そして、ボウイの『ジギー・スターダスト』を手にする日もやって来たのだ。ヴィサージのスティーヴ・ストレンジはボウイの『ASHES TO ASHES』のビデオクリップにも登場されているので嬉しかった。ボウイの映像はいつも素晴らしい!そして、続々と出会えることになる”ボウイ・チルドレン(Bowie's Children)”も然り♪

David Bowie - Ashes To Ashes

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by bowieworld | 2009-05-02 11:12 | ボウイ・チルドレン

『ボウイのように』 歌:イザベル・アジャーニ 作詞・作曲:セルジュ・ゲンスブール

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1983年のイザベル・アジャーニのセルジュ・ゲンスブール(お世話になっている永瀧達治さんに倣い、私はセルジュのカタカナ表記はこれに統一している)によるプロデュース作品。アルバムの中では『マリン・ブルーの瞳』が一等好き。ジェーン・バーキンもこの曲を歌いたかった程。でも、ここは『ボウイ館』、なので『ボウイのように』を。私のニックネームはこのアルバムやセルジュと係わりが大きい。この頃のアジャーニはウォーレン・ビーティとの恋の噂もあった頃。アジャーニの映画のお話はまた『BRIGITTE』内のコンテンツにて追々に。セルジュはご自分のルックスにコンプレックスを持たれていたそうだ。あの大きな耳が嫌だったのだろうか。私はとりわけ70年代のセルジュの風貌や雰囲気がたまらなく好きだしカッコイイ!と想う。セルジュのお話も限りなく続く♪ふとボウイのことを考えていて語呂合わせ、韻を踏んだセルジュお得意の言葉遊びから作られた曲なのだろう。流石に審美眼の長けているセルジュ!ボウイとセルジュ、オスカー・ワイルドとドリアン・グレイ...正しく”ボウイのように美しい”私の好きな世界☆
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 ボウイのように(Beau oui comme Bowie)
  Isabelle Adjani/Serge Gainsbourg

  女性の形をした男性 軽く罅が入り
  少し猫的すぎる あなたは自分が何者か知っている
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  少しオスカー・ワイルド風 少しドリアン・グレイ
  少し冷たい輝きと 氷のような雰囲気
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  肉体と 姿の間にある差は 
  音楽のよう 充分に躊躇わされる
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように

  あなたが持っている物は すべて、わたしが嫌いな物
  あなたは充分すぎるほど 自分が何者か知っている
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  ボウイのように綺麗 綺麗 ウィ、ボウイのように
  
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(伝言)
私はボウイ研究家ではありません、全く不勉強なのです。でもずっと大好き!『ボウイ館』に訪れてくださる皆様、いつもありがとうございます!熱狂的なファンの先輩方から教えて頂くこともいっぱいです。最近、”デヴィッド・ボウイが好き!”あるいは”懐かしい~!嘗ては好きでした”というお方も多いと思います。気取ったサイトでは御座いませんので、どうぞお気軽にコメント(お喋り)やTB(出来ればコメントも一緒にお願い致します)にお越しくださいね♪そして、私は所謂ブロガーではなく、ささやかな本業(Velvet Moon)があります。なので、頂いたコメントへのお返事が遅れる場合も御座いますがご了承ください。今後とも、どうぞ宜しくお願い致します♪
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by bowieworld | 2008-04-19 10:47 | 盟友・旧友・関連アーティスト

映画『クリスチーネ・F』とサウンドトラック

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1981年の西ドイツ映画『クリスチーネ・F』にボウイは本人役として出演し、劇中『Station To Station』を歌うライヴ・シーンで登場。とっても、カッコイイ!!(いつもながら♪)この映画のために、ボウイ自ら写真など資料を提供している。実在のクリスチーネ・F(当時は未成年だったので)こと、クリスチアーネ・ヴェラ・フェルシェリノヴの手記『かなしみのクリスチアーネ』、あるいは『われらツォー駅の子供たち(われら動物園駅の子供たち)』を、ウルリッヒ・エデル監督が映画化したもので日本公開は1982年。映画の中でクリスチーネに扮する少女ナーチャ・ブルンクホルストのことなどを『クララの森・少女愛惜』にて思いつくままに綴ってみた。『ボウイ館』ではそのサントラ盤の内容を記しておこうと想う。※映画の音楽担当は、ボウイの9曲の楽曲とユルゲン・クニーパによるもの。
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(ドイツ盤)『Christiane F. WIR KINDER VOM BAHNHOF ZOO』
1. V-2 Schneider
2. Tvc 15
3. Heroes / Helden
4. Boys Keep Swinging
5. Sense Of Doubt
6. Station To Station
7. Look Back In Anger
8. Stay
9. Warszawa

(CD化された日本盤) 『クリスチーネ・F O.S.T.』
1. V-2 シュナイダー
2. TVC15
3. ヒーローズ(ドイツ語ヴァージョン)
4. ボーイズ・キープ・スウィンギング
5. 疑惑
6. ステーション・トゥ・ステーション
7. ルック・バック・イン・アンガー
8. ステイ
9. ワルシャワ

私はCDは買っていなくて、日本盤LPは下記のような表示となっている。
《SIDE 1》
1.V-2 シュナイダー
2.TVC-15 (ワン・ファイブ)
3.ヒーローズ(英雄夢語り)
4.ボーイズ・キープ・スインギング
5.疑惑
《SIDE 2》
1.ステイション・トゥ・ステイション
2.怒りをこめてふり返れ
3.ステイ
4.ワルシャワの幻想

※このサントラの中の『ステーション・トゥ・ステーション』はアルバム『ステージ』に収録のものながら、劇中のライヴ・シーンは映画のためにボウイが出演したもの。また、大名曲!『ヒーローズ』をこの中では英語歌詞~ドイツ語歌詞へと続けて歌われるものを収録。この曲の持つイメージに映画『クリスチーネ・F』はとても似合ってしまうので不思議。さらに、全フランス語ヴァージョンで歌われた『ヒーローズ』もある。私はドイツ語ヴァージョンの方がとても好き♪こんな感じで”ベルリン三部作”時代の楽曲からの構成。

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      ♥ボウイを見つめる夢見る少女たちの表情が可愛い♪

★この赤いジャケットが綺麗な色でお似合い。首が細くて長いボウイなので襟を立ててカッコイイ~♪少し似た色合いのジャケットを見つけたので購入して偶に着ていた頃がある。似合いもしなかったのだけれど、若気の至りで真似てみたりしていたのだ。母に”襟をちゃんとして行きなさい~。”などと言われてガクリとしたものだ。ああ、懐かしい想い出♪

※一番下のお写真は映画『クリスチーネ・F』の場面ではありません。オフショットでしょうか...どんなお話をしているのだろう。ポ~っと眺める少女たちの愛らしい表情を眺め、共鳴し喜んでしまいます☆
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by bowieworld | 2007-12-24 03:07 | 映画・役者としてのボウイ